2~3年前に富士山を描いた絵を友人Iに見せたら、上手いとも下手ともいわず「浅間山描いてよ」と一言。友人Iに言われなくても佐久市民とって浅間山はシンボリックな山ですから、いつか描こうとは思っていました。いや、いつかなんて言ってないで本当はすぐやるべきなのはよくわかっているのですが。。。
その彼も昨年5月に亡くなったと聞きました。
本当に… そのうち、いつかなんて来ない日がいつか来る。
佐久市の榛名平公園というところから眺めた浅間山です。
有名な画家が描く軽井沢から見た「単独峰に見える浅間」ではなく、小諸から見た「黑斑山に隠れた浅間」でもない、佐久から見た連山のなだらかな浅間を、創作は入れず、なるべく見えたまま描こうと思いました。
ところで、富士山の頂上には浅間神社がありますが(全国には1000社以上ある)、浅間山と浅間神社は何か関係があるのでしょうか?日本古来の日本神道よりさらにずっと昔の縄文時代からつづく浅間をご神体とする自然信仰なのでしょうか? 調べてみると、噴火を鎮める為に祀られた神社で、御祭伸は「木花之佐久夜毘売」だということです。天孫降臨の邇邇芸命の奥さまですね。僕は前から、佐久夜毘売と佐久市は語呂が似ているので何かつながりはないものかと考えていました。
浅間山の麓に真楽寺(佐久三十三ヵ所観音霊場第四番)というお寺の縁起には、『わが神国日本では、浅間山のような火を噴く山には木花之佐久夜毘売と云うやさしい神を祀って、爆発を鎮め、国の安泰と庶民の平安をご祈祷させて居りました。真楽寺の全身がそれであります。』とあります。
繋がった(と勝手に解釈する)!
浅間の噴火は、それはそれは恐ろしいです。天明の大噴火では浅間の北の群馬県嬬恋村を一飲みしたばかりでなく、飢饉から徳川幕府の政変、衰退、倒幕までつながり(黒船だけではない)、または成層圏まで覆った噴煙は世界的に冷夏と厳寒で凶作が続き、地球の向こう側のフランスでは民衆が蜂起しフランス革命が起こった、と言われています。。
ああ、浅間山、鎮め給え。静まり給え。
そのなだらかな雄姿のように、なだらかに落ち着いていてくださいませ。
ああ、美しい日本神話、美しい日本風景。


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