一木一草の出会い

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聖地巡礼にも様々ありますが、映画やアニメのロケ地を巡ったり、または四国の八十八ヵ所巡りや西国三十三ヵ所巡りだったり。

ここ佐久市にも「佐久郡三十三ヵ所観音巡礼」があります。来年は四国八十八ヵ所で空海さまの足跡を追ってみたいと思っているので、その前哨戦というか勉強も兼ねて、昨年から時間を見つけては少しずつ佐久観音巡りをしています。

別に信仰心が深いとか、知識があるわけではありません。何でもいいから歩いてみること、何も考えずにやってみると何かしら発見があり、わからないなりに面白いんです。

まだすべて踏破したわけではありませんが、心に残っているのは12番上宮寺(廃寺)。明治の(残念な)神仏分離令の影響が感じられて、その(すた)れ具合は情緒があり、とても聖徳太子ゆかりのお寺とは思えないほど閑散とした寂しさは感傷的で好みでした。

13番遍照寺(ここも廃寺)は、逆に仲良く神仏習合していらっしゃいました。古代の自然信仰と日本神道に仏教が受け入れられ混淆(こんこう)され、これこそ日本という感じになんか心が温まります。

順番は前後しますが、11番水落観音堂は二度目のトライでようやく辿り着けました!完全に登山でした。スマホもナビも大自然の中では使い物にならない、遭難するかと思いました(それは言い過ぎ?いやあり得る)。道無き(泣き)道です。本当にここでいいのか?と思いながら登っていくと途中にお地蔵様がいらっしゃって、それはまるで導いてくれるようで、励まされ進んでいくことができました。

観音様巡礼は自分で調べ意思をもって自力での行為に思えますが、実は導かれていたのではないかとお地蔵様を見て思いました。実は他力だったのではないかと思ったりします。そう思うと水落観音様に行くために登った山に始まり、出会った一木一草または落ち葉に至るまで、縁があってこそ会えたのであり、とても大切なのだと思わずにはいられません。こんな出会いが楽しいです。まだまだ巡礼の旅は続きます。そしてわくわくしています。

追記 参拝から3日後の2月26日、そういえば観音堂で般若心経を詠んでくるのを忘れました(泣)。何というていたらく!気づいたときには、時すでにオスシ・・・いや遅し、これはもう一度行きなさいということでしょうか?(汗 ^^;)

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