人生は・・・がありそうに思える

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この絵は前回のブログでも書いた「佐久三十三ヵ所観音霊場巡り第十三番遍照寺」です。主題は、植物の向こうから射す日の光のつもりだったのですが、それよりも石段や石碑のほうへ視点がいってしまう、そんな絵になりました…なってしまいました。

いや難しかった(汗^^;) 思うようにいかなくて、何度も色を重ねていったのでまるで油絵のようです。 (苦労して描いたので、これはこれでかわいいのですが) 形のない光をどう表現したらいいのか、まだまだ表現力不足です。

作品が「上手くいかない」ことは毎回のようにあることで、一枚一枚がすべて手探りです。発表できない作品は実は山ほどあります。たとえ出来が良くなくても、あまり自分を責めたり虐めたりしないように心がけて、「きっと出来る、必ずよくなる」と希望をもってまた描きます。次にいくのが大切だと思っています。

尊敬する染織家、志村ふくみさんの著書「語りかける花」の中にこんな文章があります。「すべて仕事をするものにとって、願う彼岸、終極の姿ではないか。今さら六十の手習いなどといって最初から出直すなど不可能なことだと決めてしまってはいけない。たけなる位を遠い彼岸のこととしてあきらめてしまってはならない。人生は六十より七十、七十より八十に素晴らしい秘密がありそうに思える。」(原文)

あゝ 願わくば僕もこんなふうに人に希望や力を与えることができる絵や文章を書いてみたい。(3月11日東日本大震災15年の日によせて)

たけなる(くらい)世阿弥(ぜあみ)の能楽論で、修行を積んで至高の段階に達したのちの自在な芸の境地。

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