僕は特にキリスト教信徒ではありませんが、うちの子どもたちは3人ともミッション系幼稚園でした。教会のガブリエル神父さまがその幼稚園長も兼ねていました。園の文集に載せるために親が作文を提出する機会があったので、僕は「廃仏毀釈は残念だ」「宗教が原因で戦争になるのは本末転倒だ」とか「子どもたちの祈るうしろ姿は凛としてなによりも美しい」などと偉そうなことを書いて提出した覚えがあります。それ(作文)以外に考えられないのです。というのは、そのあと神父さま直々にPTA会長依頼の電話があったからです。今でも電話の声をよく覚えています。長女の時はアルバム委員長、次女でPTA会長、三女でもPTA会長(マジか~汗)、本来なら組織を率いる役職なんてとても無理なのでお断りするところですが『僕は神父さまが好きだったから』!
神父さまは南米コロンビア御出身で明らかにスペイン系で、日本語はたどたどしいのですが、そのしゃべり方といったら、(大変失礼ですが)子どもがわがままを言う時のような無邪気なあどけなさ、いやそれはある意味悟った者にしかない特有の天衣無縫さに、僕は抜群の親近感をもっていました。それから神父さまとはよく話し合う機会があり、ご自宅へ招かれ食事をご一緒させていただいたこともしばしばあったと記憶しています。
ガブリエル神父さまは、何度も何度も「日本はとても素晴らしい良い国だ」と繰り返し言っておられました。たしかご自宅には天皇ご一家のお写真が額縁入りで飾ってあったかと。戦前ならまだしも今の家庭ではあまりみられない光景です。僕が学生の頃学校の先生は、どちらかというと天皇制に反対する日教組的なマルクス主義的教師も恐らく何人かいたのではないでしょうか。初代神武天皇が即位した日本建国の経緯、大きな争いなくして出雲国の高天原への国譲りや日本神話などは学校で教えられた記憶は全くなく、社会人になってから自我自習したことです。でもガブリエル神父さまはそうではなかったんです。ガブリエル神父さまとの出会いからほどなくして僕は古事記を勉強したと、振り返ってみると時系列的にはそうなのです。
ある時、運動会前の理事会会議中に神父さまから指令が下りました。PTA理事会のお父さん方に新しい競技として、竹馬に乗ってサッカーをやりなさいと!こんなの聞いたことがありません。きっと南米コロンビアの血が騒ぎ、どんなかたちでもサッカーをやりたかったのでしょう。園庭は決して広くないので、竹馬というハンディキャップを背負わせれば広さ的にも丁度よく考えられていました。ところがメタボ予備軍のお父さんたちが乗ると竹はボキボキ折れ(トホホ)、神父さまはホームセンターでスチール製の竹馬(鉄馬)を買ってきて、柏木商店まで来て「買ってきたヨー」と目を輝かせて報告してくれたことには愛くるしくて笑ってしまいました。僕はといえば中学時代サッカー部だったので、もうやる気満々マンモスで朝練までして、みんなヨチヨチだったけど僕だけダッシュができてゴールも奪い、もう楽しくて仕方ありませんでした。
PTA会長という役職はつらい苦しいこともありましたが、神父さまとの時間の共有だけはすばらしい時間でした。尊敬するガブリエル神父さまに「肖像画を描かせてください」と、頼まれてもいないのに僕の方からお願いしました。二点同時進行で、いい出来の方を神父さまへ進呈しました。ここに掲載されている絵はもう一方の絵です。やさしさがあふれた神父さまでしたが、その無邪気さ天衣無縫のもとで働く保育士の先生方はさぞ大変だったのではないでしょうか(笑)。二人だけの時にギターを持って行ってサインをねだったこともあります。すごくカッコいいサインは僕の宝物です。

今は亡き、『恩師ガブリエル神父さま』のお話でした。



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